社名・ロゴ変更物語
ごあいさつ:コミー工芸からコミーへ

コミーの「気くばりミラー」が生まれ育って24年。
おかげ様で「身近なコンビニから航空機まで」の幅広い分野で「安全・防犯・サービス・効率アップ」に役立つ、世界的な商品までに成長してきました。
そこで世界の人々にもわかりやすい社名とフレッシュで明るい感じのロゴマークに変更しました。
これからも、お役に立てる商品づくりや安定供給に努め、信頼され続ける会社づくりに専念します。
コミー株式会社 代表取締役
ロゴのコンセプト
- ホームページのアドレスと同じ小文字を使い、シンプルですっきりとしたデザインを目指しました。
- 書体だけでの個性は出さないことにし、かわりに社名、色、小文字のシンプルで個性的なデザインをねらいました。
- 色は「思慮深さの濃い青」と「情熱の赤」を組み合わせました。色の組み合わせだけは前回と同じとし、信頼が持続することを願いました。
社名・ロゴ変更物語
小諸文字宣伝社(1967年)
シャッター文字書きを始めたころ。 創業者、小宮山の出身地、小諸(長野県)を使用。
コミー工芸(1968年~ )
- 「コミー」は小宮山が、会社員の時、親しい人から「コミーさん」と呼ばれていた。
- 当時の仕事は看板業であり、「工芸」は手造りの看板業に多かった。
- 零細企業は、社名と個人名が同じ方が憶えてもらいやすい。
- 本でSONYのネーミングの話を読み、「コミー」という名もオリジナリティがあっていいと思った。念のため、電話帳で社名があるか調べたら「コミー」の社名はなかった。
コミー工芸(株)(1973年~)
看板業をしながら「回転看板装置」→「回転ミラー」→「防犯ミラー」→「気くばりミラー」のメーカーへ変身していった。 看板業を完全撤退した(1982年)後も、工芸の文字は残していた。カタカナだけとなると伝統の重みがなくなる。 「すぐ潰れる会社」とだけは思われたくなかった。ロゴだけはKOMYと表現するようにした。
1981年、ユーロショップ単独出展した時、KOMY KOGEIを「コマイコウガイ」とドイツ人たちは発音していた。KOGEIは外人には全く無駄と感じた。但し、KOMYは類似名やまぎらわしさもなく変更の必要性は感じなかった。
「電話だけでも、はい、コミーですと受けてみたら」と社内で話したら
A (コミー) 「はい、コミーです」
Q (お客様)「コミー工芸さんですか?」
A (コミー) 「はい、コミー工芸です」
と答え直さなければいけないという。
正式な社名変更の必要性を感じてはいた。グローバルスタンダードをねらい、コミー(株)へ。
1997年からFFmirrorAIRを開発し、ボーイングやエアラインに使用実績が出始める。
アメリカ特許取得(1998年)。ISO9001認証取得(1999年)。6月に社名、ロゴの変更を決断。
ロゴづくり物語
| 当初の考え (6月中旬) |
社名変更のついでにKOMYのロゴを変えよう。 |
|---|---|
|
第1ステップ |
「世界の人に日本人が誇れるデザインはなにか?」(7月初め)
|
| 第2ステップ |
日の丸だけでは芸がない。 |
| 第3ステップ |
たしかにデザインは個性的で面白い。しかし、あとで飽きないだろうか? |
| 第4ステップ |
最近アメリカでは、ホームページだけの広告がハイウェイにあるという。ホームページのアドレスは小文字だ。コミーもホームページを見てもらいたい。思い切ってロゴを小文字にして作ってみた。コンサルタントに見せると、「小文字でもOK。順序として、まず本体のkomyだけを決めろ。タグ(ロゴに小さく付いている文字)は後で決めるもの。それにしてもkomyのyが小文字なのに飛び出ていないのはおかしい」 |
| 第5ステップ |
yやバランスを直し、基本ロゴkomyができた。彼に見せると「OK」。 |
| 第6ステップ (9月初旬) |
次にタグとのバランスだ。小文字はkは上に、yは下に飛び出しているのでちょっとくせがある。「死角を生かす気くばりミラー」を大きめにしたい。タグとロゴ(komy)とのバランスが難しかった。薄アミの線を引くことでやっと解決した。彼に見せると「OK、但しカラーでない時、赤を70%アミと決めておくように」とのこと。やっと決定する。 |
| KOMYか COMYか |
コミーといえばコミュニケーションのコミーとも考えられるかも知れぬ。 ●koで始まる語はわずか半ページである。 ●coで始まる語はなんと79ページにわたってあった。 |













